豊後森機関庫とは、
どんな場所だったのか。
昭和9年、久大線の全線開通とともに誕生した豊後森機関庫。ここは、蒸気機関車の点検や整備、格納を行うだけでなく、石炭や水を補給し、機関車を次の運行へ送り出す、鉄道の重要な拠点でした。最盛期には25両の蒸気機関車が所属し、200人を超える職員が働いていたといわれています。
機関庫の中央には、機関車の向きを変える転車台。その周囲には、扇を広げるように12線の収容線が並び、整備や修繕のための設備も備えられていました。蒸気機関車が出入りし、汽笛が響き、人々が働く。かつてここには、鉄道を動かすための大きな営みがありました。

戦争の記憶も、ここに残る。
豊後森機関庫は、戦時中には軍事輸送の拠点となり、米軍機による機銃掃射を受けました。職員が犠牲となり、機関庫の壁には、今もそのときの弾痕が残されています。
華やかな鉄道の歴史だけではありません。ここには、戦争という時代の記憶も刻まれています。
役目を終えた機関庫。
長い間、鉄道を支えてきた豊後森機関庫でしたが、時代とともに蒸気機関車からディーゼル車への移行が進み、昭和45年(1970年)、その役目を終えました。役目を終えた後、機関庫は長い間使われないまま残され、一時は解体も検討されました。しかし、この場所を残したいという地域の人々の思いが、保存へとつながっていきます。
残すという選択。
2006年、玖珠町は機関庫とその周辺の土地を取得。そして2009年には、旧豊後森機関区の関連遺産として、機関庫と転車台が経済産業省の「近代化産業遺産」に認定されました。さらに2012年、旧豊後森機関庫と旧豊後森機関庫転車台は、国の登録有形文化財となりました。
壊すのではなく、残す。働く場所だった機関庫は、時代を伝える文化遺産へと、その役割を変えていきました。
現在は「豊後森機関庫公園」として整備され、機関庫と転車台は、かつての鉄道の時間を今に伝えています。
もう一度、SLがここへ。
2015年。豊後森機関庫に、新たな仲間が加わりました。
福岡県志免町で保存されていた、9600形蒸気機関車「29612号機」です。老朽化による解体の可能性があったこの機関車は、玖珠町への譲渡が決まり、補修を経て豊後森機関庫公園へ移設されました。かつてここを走っていた蒸気機関車と同じ時代を生きたSLが、再びこの場所に姿を現したのです。
静かに佇むその姿は、「ここには、かつて本当にSLが走っていた」ということを、今に伝えています。
そして、機関庫は次の時代へ。
かつては機関車を整備し、送り出す場所だった豊後森機関庫。今は、歴史を伝え、人々を迎える場所へと姿を変えています。
昔の写真に残る人々の姿。機関庫に残された壁や柱、排煙フード、転車台。そして、今も走り続ける列車。それらをつなぎ合わせることで、私たちは「あの日」の豊後森機関庫に、もう一度出会うことができます。
過去は、過ぎ去った時間ではありません。そこに残されたものを見つめることで、今を知り、これからを考えることができます。
豊後森機関庫は、過去と現在、そして未来をつなぐ場所へ。


















